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大阪地方裁判所 平成2年(ヨ)1502号 決定 1990年6月22日

申請人 カロリナ株式会社

右代表者代表取締役 島田康作

<ほか三一名>

右申請人ら代理人弁護士 石角完爾

同 井上謙介

同 玉木賢明

同 本間正浩

同 金村正比古

被申請人 ゼネラル株式会社

右代表者代表取締役 大津忠敏

右被申請人代理人弁護士 入江正信

同 坂本秀文

同 山下孝之

同 長谷川宅司

同 千森秀郎

同 上原理子

同 髙山宏之

同 織田貴昭

同 松本好史

同 今富滋

主文

一  被申請人が、平成二年六月七日の取締役会決議に基づき、現に手続中の記名式額面普通株式四〇〇万株の発行を仮に差し止める。

二  申請費用は被申請人の負担とする。

理由

第一申請の趣旨

主文と同旨。

第二申請の理由の要旨

一  被保全権利

1  当事者

被申請人は、資本金二三億二八三〇万七九二五円、発行済株式総数一四五一万八五四三株(額面五〇円)の株式会社である。

申請人カロリナ株式会社(以下「申請会社」という。)は、被申請人の発行済株式総数の約二六パーセントに当たる三七七万九〇〇〇株を有する株主であり、申請人友田紘輝は、被申請人の発行済株式総数の約四パーセントに当たる五九万二〇〇〇株を有する株主であり、他の申請人らも、それぞれ被申請人の株式を有する株主である。

2  新株発行決議

被申請人は、平成二年六月七日開催の取締役会において、次の新株発行(以下「本件新株発行」という。)を決議した(以下「本件取締役会決議」という。)。

(1) 発行新株数 記名式額面普通株式四〇〇万株

(2) 割当方法 発行する株式全部を大阪府大阪市都島区片町一丁目三番四号相生産業株式会社に割り当てる。

(3) 発行価額 一株につき金一三〇〇円

(4) 申込期日 平成二年六月二二日

(5) 払込期日 平成二年六月二三日

3  法令違反及び不公正な方法による新株発行

本件新株発行は、次のとおり、法令に違反し、かつ、著しく不公正な方法によるものであり、被申請人の株主である申請人らに不利益を与えるものであるから、申請人らは本件新株発行の差止を請求できる。

(一) 本件新株発行の発行価額は、右のとおり一株につき一三〇〇円であるところ、次の諸点からみて、右価額は、商法二八〇条の二第二項所定の「特に有利な発行価額」に該当するというべきであるから、同項所定の株主総会決議を経る必要があるのに、被申請人は、右決議を経ていないから、本件新株発行は法令に違反するものである。

(1) 被申請人の株式は、大阪証券取引所第二部に上場されているところ、被申請人の株式の終値は、平成元年一一月九日に二〇〇〇円を超え、以後、一八六〇円から二九五〇円までの範囲での変動はあるものの、最近の七か月間二四〇〇円を中心に推移しており、この市場価格は、一時的な特殊事情によって形成されたものではなく、正当な水準であるから、被申請人の第三者割当の新株発行に当たっては、第一義的に市場価格が発行価額の決定のための基準とされるべきである。そして、本件取締役会決議のあった日の前日である平成二年六月六日の被申請人の株式の終値は、二三六〇円であって、本件新株発行の発行価額は、これを約四五パーセントも下回っている。

また、平成二年六月六日の右終値を基準にして、一〇パーセントのディスカウントを考慮し、適正な発行価額の下限を計算すると、二一二四円であるが、本件新株発行の発行価額は、これに対しても約三九パーセント下回っている。

(2) 証券会社の株式引受部長会は、平成元年八月八日、証券会社の自主ルールとして、第三者割当増資の発行価額は、当該第三者割当増資についての取締役会決議の直前日の終値又は直前日を最終日としこれより遡る六か月以内の任意の日を初日とする期間の終値平均に、〇・九を乗じた価額を下回らないものとし、これを下回る発行価額による第三者割当増資を行った会社については、一定期間時価発行増資を認めないことにした。

右自主ルールは、第三者割当増資を企図する企業の便宜に傾いた株主に不利な内容になっているが、この基準によっても、被申請人の株式は二〇七〇円を下回ってはならないところ、本件新株発行の発行価額はこれをも下回っている。

(3) 被申請人の所有する不動産や株式の含み益をも考慮した真の一株当たりの純資産額は、低く見積もっても二六三九円であり、本件新株発行の発行価額は、これを五一パーセントも下回っている。

(二) 被申請人には、第三者割当の新株発行を必要とするような事情は存在せず、本件新株発行は、申請人友田絋輝らの有する被申請人株式の買戻しの資金を調達するとともに、申請会社の被申請人における持株比率を減少させ、申請会社の被申請人の経営に対する発言権を弱め、現経営人の保身を図る目的でされるものであり、また、事前に申請会社にまったく連絡せず、申請会社の意表をつく形で決定されたものであるから、著しく不公正な方法による新株発行である。

(三) 本件新株発行により、申請人らの被申請人における持株比率は低下するうえ、株価の大幅な下落は必然的であり、申請人らは多大な損害を被る。

4  第三者割当増資不実行についての合意(申請会社の申請関係のみ)

申請会社と被申請人とは、次のとおり、被申請人が第三者割当の新株発行をしないことで合意しており、本件新株発行はこの合意に反するものであるから、申請会社は、この合意に基づき本件新株発行の差止を求める権利を有する。

(一) 被申請人代表取締役鈴木裕之は、平成二年一月三一日、申請会社代表取締役島田康作に対し、被申請人が第三者割当の新株発行をしない旨約した。

(二) 被申請人代表取締役大津忠敏及び同鈴木裕之は、同年二月一四日、申請会社代表取締役島田康作に対し、被申請人が第三者割当の新株発行をしない旨約した。

二  保全の必要性

申請人らは、被申請人に対し、本件新株発行差止の訴えを提起すべく準備中であるが、本件新株発行の払込期日は平成二年六月二三日で間近に迫っており、その期日が到来して引受人が払込を済ませて本件新株発行の効力が生じた後は差止請求自体が無意味になるうえ、本件新株発行により、申請人らは前記の損害を被るのであるから、本件仮処分については保全の必要性がある。

第三被申請人の反論の要旨

一  本件新株発行の発行価額は、申請会社の不当な目的による大量の買占めにより異常に高騰した期間を除いた過去六か月の市場株価水準に、その後の大証二部平均や日経平均の株価動向を加味して定められたものであって公正な発行価額である。すなわち、

1  被申請人の株式の市場価格は、平成元年九月まで四〇〇円台から一二七〇円台までの間を上下していたが、同年一〇月から出来高が極端に増加して高騰し、高値一九五〇円、同年一一月に高値二四五〇円、同年一二月に高値二九八〇円となり、平成二年一月には高値二五〇〇円となり、以後同年二月以降は一九〇〇円から二九〇〇円の間に上下するようになった。しかし、被申請人には、業績向上等株価の高騰をもたらすような事情は存在せず、右株価高騰の原因は、申請会社らが被申請人の株式を大量に取得したことによる。

すなわち、被申請人の株式は、申請会社らが被申請人の株式を被申請人に高値で買い取らせるという不当な目的をもって大量に買い占めたことにより、市場において極めて異常な程度にまで投機の対象とされたものであり、また、その市場価格が企業の客観的価値よりはるかに高騰しており、かつ、それが右買占めの影響を受ける期間の現象に止まるものであるから、その新株発行価額決定直前の価額を、新株発行における公正な発行価額算定の基礎から排除することが許される。

2  そこで、被申請人は、右市場価格は被申請人の企業としての客観的価値を反映した正常な株式価額といえないものであるから、申請人らの大量買占めの影響を受けない時期における市場価格が被申請人の企業としての客観的価値を反映している正常な株式価額であると判断した。

そこで、申請人らの最初の大量名義書換請求日である平成元年一二月一一日以前六か月間(平成元年六月一二日から同年一二月一一日まで)の大阪証券取引所における被申請人の株式の終値の平均値を算出し、次に、発行価額を決定する日の前日までの株価全般の動向を勘案するため、右平均値を基礎として、仮に申請人らの買占めによる影響を受けなかったとすれば、発行価額決定の直前の市場価格はどのように変動していたかを推計することにし、市況の伸び率として、日経平均株価(株価指標)及び大証二部平均株価の伸び率を用いて、右株価算出の対象とした六か月間(平成元年六月一二日から同年一二月一一日まで)の平均値と新株発行決定直前の平均値(直前の一週間の平均値、直前日の株価、直前の一か月の平均値という三つの価額を算出し、それぞれについて以下の計算をした。)とを比較し、その伸び率を前記被申請人の株式の六か月間の平均値に乗じて価額を求め、そして、ディスカウント率を控えめに五パーセントとし、右算出価額にこれを乗じ、これにより得られた価額の端数を切り下げて最終的に一株の発行価額を一三〇〇円と決定したのである。

二  本件新株発行は、被申請人の本社工場の移転、建設等の事業計画の達成に必要な資金調達を行うとともに、相生産業株式会社との本社工場の跡地活用を含む新分野事業のための資本提携を行うという合理的で正当な目的を有する。

三  申請会社と被申請人との間に、被申請人が第三者割当の新株発行をしない旨の合意は存在しない。

また、新株発行をするか否かの権限は取締役会に属するのであり、取締役会の決議がない以上、代表取締役といえども第三者と新株発行に関する契約を締結する権限はなく、仮に被申請人の代表取締役が申請会社の代表取締役との間で第三者割当の新株発行をしない旨の合意をしたとしても、被申請人を拘束するものではない。

第四当裁判所の判断

一  本件疎明資料によれば、被申請人が、資本金二三億二八三〇万七九二五円、発行済株式総数一四五一万八五四三株(額面五〇円)の株式会社であること、申請会社が、被申請人の発行済株式総数の約二六パーセントに当たる三七七万九〇〇〇株を有する株主であり、申請人友田紘輝が、被申請人の発行済株式総数の約四パーセントに当たる五九万二〇〇〇株を有する株主であり、他の申請人らも被申請人の株式を有する株主であること、被申請人が、平成二年六月七日開催の取締役会において、申請人主張の内容の新株発行の決議をしたことを認めることができる。

二  そこで、本件新株発行が法令違反であるか否かについて検討する。

1  本件疎明資料によると、次の事実を一応認めることができる。

(一) 被申請人の株式は、大阪証券取引所第二部に上場されているところ、その市場価額は、昭和六三年は五八〇円から一二七〇円までの間で推移し、平成元年一月から同年八月までも八四〇円から九九〇円までの間で推移していたが、同年九月下旬から上昇し、特に同年一〇月末ころから急騰して同月三一日に終値で一八五〇円になり、同年一一月八日以降は一八〇〇円以下に下落することなく、概ね二〇〇〇円以上の価格で推移した(同年一二月は二三二〇円から二九八〇円の間、平成二年一月は一八五〇円から二五〇〇円の間、同年二月は二四〇〇円から二九〇〇円の間、同年三月は一九〇〇円から二七〇〇円の間、同年四月は二三七〇円から二五九〇円の間でそれぞれ推移し、同年五月は二五〇〇円であった。)。そして、本件取締役会決議のあった日の前日である平成二年六月六日の被申請人の株価は、二三六〇円であるが、この価格は、平成元年一一月後半以降の被申請人の株価の推移の中で平均的な価格である。

(二) 申請会社は、平成元年一〇月に入ってから、被申請人の株式を大量に買い進め、平成二年二月九日までの間に株式市場を通じて合計二九〇万株(そのうち一五五万株は、売り注文と買い注文をみずから出して売買を成立させたもの。)を購入した(そのほかに、平成二年一〇月には、被申請人の転換社債も購入し、その後、その転換権を行使して、二二二万一七二一株を取得した。また、株式市場を通さない相対売買によっても、被申請人の株式五〇万株を購入した。)が、平成二年二月一〇日以降は購入していない。

(三) ところで、被申請人は、昭和六三年八月、滋賀工場新設工事を計画し、平成元年八月、滋賀工場第一期工事を完成させ、引き続き、滋賀工場第二期工事に向けての準備に入ったが、同時に、効率性をよくするために本社工場全部を滋賀工場に移転して生産拠点を集中化する計画も策定するに至った。そのため、株式市場関係者の間で、被申請人の本社工場の跡地の資産価値が注目されるに至り、同年一〇月六日発行の証券関係の新聞において、被申請人の本社工場跡地の時価が極めて大きく、再開発にしろ売却にしろ、高収益企業への道が用意されているとして、「株価倍増説」に言及する記事が掲載された。申請会社が被申請人の株式を前記のとおり大量に買い進めることにしたきっかけも、この資産価値に注目したためである。

2  以上の事実に基づき、本件新株発行の発行価額が、商法二八〇条の二第二項所定の「特に有利な発行価額」に該当するか否か検討する。

「特に有利な発行価額」とは、公正な発行価額に比べて引受人に特に有利な価額をいうところ、普通株式を発行し、その証券が証券取引所に上場されている株式会社が、額面普通株式を株主以外の第三者に対して発行して資本調達を企図する場合、公正な発行価額は、発行価額決定前の当該会社の株式価格、右株価の騰落習性、売買出来高の実績、会社の資産状態、配当状況、発行済株式数、新たに発行される株式数、株式市況の動向、これらから予測される新株の消化可能性等の諸事情を総合して決することになるが、本来、新株主に旧株主と同等の資本的寄与を求めるものであるから、発行価額決定直前の株価に近接していることが必要であり(昭和五〇年四月八日最高裁第三小法廷判決・民集二九巻四号三五〇頁参照)、具体的には、発行価額決定直前の市場価格を基準にして算定すべきである。

ただし、その会社の株式の市場価格が、合理的な理由がないのに、異常な程度にまで高騰し、それが一時的な現象に止まるような例外的な場合には、その新株発行価額決定直前の市場価格を、新株発行における公正な発行価額算定の基礎から排除することが許されると考えられる。そこで、本件がこのような例外的な場合に該当するか検討するに、前記認定の事実からみて、申請会社が被申請人の株式を大量に取得したことが被申請人の株価の高騰に大きく影響したことは明らかであるが、申請会社の被申請人の株式の大量取得が不当な目的のためになされたと認めるに足りる資料はなく、また、被申請人の株価が上昇する前から被申請人において本社工場の移転計画が策定され、そのために株式市場関係者の間で本社工場の跡地の資産価値が注目されるに至っていたものであり、申請会社もこの点に注目して被申請人の株式を取得するに至ったのであり、被申請人の株価の高騰は必ずしも合理性のない異常なものとはいえないこと、被申請人の株価が一八〇〇円以上の状態で七か月間も維持され、その間のほとんどは二〇〇〇円を超えており、本件取締役会決議のあった日の前日である平成二年六月六日の終値二三六〇円はその七か月間における株価の推移の中では平均的な価額であることなどの事情に照らすと、本件が右例外的な場合に該当するとまでは認められず、そうすると、本件新株発行決定直前の市場価格を発行価額の算定の基礎から排除することは許されない。

ところが、本件新株発行の実際の発行価額は、本件新株発行決定直前の市場価格を算定の基礎に入れずに一三〇〇円と算定されており、右市場価格に照らして極めて低額であるから、商法二八〇条の二第二項所定の「特に有利な発行価額」に該当するといわなければならない。

そして、本件疎明資料によれば、被申請人は、本件新株発行について、商法二八〇条の二第二項所定の株主総会決議を経ていない事実を認めることができるから、本件新株発行は、法令に違反するものである。

三  さらに、本件疎明資料によれば、本件新株発行により、被申請人の株価が低下し、申請人らが損害を被るおそれがあることを一応認めることができるから、その余の点について判断するまでもなく、申請人らには本件新株発行の差止請求権が認められ、また、本件新株発行の払込期日は平成二年六月二三日で間近に迫っており、その期日が到来して引受人が払込を済ませて本件新株発行の効力が生じた後は差止請求自体が無意味になることも明らかであるから、保全の必要性も認められる。

四  よって、申請人らの本件仮処分申請は、理由があるから、保証として別紙担保目録記載の担保を立てさせたうえ、これを認容することとし、申請費用につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 森一岳)

<以下省略>

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